「あれ、#なまえ#さん。どうしたの?」
バトルサブウェイの大階段を降りてくるトウヤくんに偶然出くわしたのは、とあるお昼過ぎ。ちょうど休憩時間のわたしがご飯を買いに外へ出ようとしていた時だった。
「あ、トウヤくん。こんにちは。ちょっとお昼を買いに行こうかなと思って」
そう言いながらトウヤくんを見上げる。彼の後ろから差す春めいた外の日差しが眩しくて、わたしは少し目を細めた。するとトウヤくんは「そうなんだ」と言いつつわたしの隣にやってきた。
「どうしたの?」
「へへ。良かったら一緒にお昼、買いに行きたいなと思って」
実は今日もトリプルバトルをしに来たから……ダメかな?と、伺いみるように尋ねるトウヤくんの顔が、相棒のエルフーンのおねだりに見えてしまって、わたしは仕方ないなあと言うようにちょっと肩をすくめて返した。
「ダメじゃないよ」
そのまま階段を上り外に出れば、少し湿気を纏った空気が春の香りを運んできて、わたしは気持ち制服の襟を広げた。
「暖かくなってたね」
まだ長袖ではないと肌寒くはあるがぽかぽかとした陽気に、コートはもう外ではいらないなあと少し苦笑する。それでもバトルサブウェイではなかなか気づきにくい季節の移ろいを、肌で感じるこういった瞬間は結構好きだ。
隣でトウヤくんも頷きつつ少し袖を捲りあげていた。
「そういえば、どこに買いに行くの?」
「そんなに遠くないよ。ほら、すぐそこ」
ここライモンシティにあるポケモンセンター、その裏手を軽く指差す。そこにはいくつかのお店が軒を連ねていて、どれもお昼時で賑わっていた。その中のひとつに歩みを進めると、ふわりと優しいパンの匂いがわたしたちの鼻をくすぐった。
「わ、いい匂い。ここのパン屋さん来たことなかったや」
「うん。兄さんもわたしもここのサンドウィッチが好きでね、よくお昼に買っていったりするんだ」
バトルサブウェイからも近いし、とパン屋のドアをくぐりつつわたしがそう言うと、トウヤくんは「サブウェイマスターの人たちもごはん食べるんだね」と本気か冗談かわからないようなことを言って笑った。
「うわあ、どれも美味しそう。どれにしようかなあ」
「わたしは決まってるけど、ゆっくり選んでいいよ。お昼休みには余裕があるから」
「うん、ありがとう#なまえ#さん。……あ」
「なにかみつけた?」
トウヤくんの見つめる方を見ると、チョロネコを模したよくある菓子パンが並んでいる。これがほしいのかと思って尋ねると、トウヤくんはううんと首を横に振った。
「この前、別のお店のチョロネコパンを大切な人にあげたんだけど、喜んでもらえたかなあと思って」
そう言うトウヤくんの顔はわたしから見ても幸せそうで、まるでシキジカがはるのすがたで周りを跳ねているような錯覚さえ起きた。
「きっと、よろこんでくれたんじゃないかな」
「そうだといいなあ」
照れたように笑うトウヤくんを見ているとなんだかわたしまで少し体温が上がったような気がする。ふたりでそれぞれサンドウィッチを買って外へ出る。今日のお昼はBLTにした。
「そういえば#なまえ#さん。遊園地近くの芝生がふれあい広場になってるんだって」
「大型ポケモンとも一緒に遊べるっていう?」
「うん、もしよかったら一緒にそこで食べない?」
頷いてわたしを誘うトウヤくんに、休憩中とはいえ業務内、そこまではと断ろうとして、わたしははたと思い直した。そういえば、忘れていたけれどこの子はバトルサブウェイの挑戦者である前に、イッシュの英雄なのだ。そして場所は『大型ポケモン可』の広場。ということは、会えるかもしれない。あの伝説の──。
「#なまえ#さん、どうしたの?」
「!う、うん。ちょっとね。その場所だったら、会えるかな、なんて……あなたのレシラムに」
「!もちろん!」
トウヤくんはパッと瞳を輝かせてショルダーバッグの中からひとつのモンスターボールを取り出した。そしてボタンを押せばパカリとボールが開く。
「……空っぽ?」
「ううん、これが合図なんだ」
かれが言うが早いか、大きな影が地上に伸びた──。
… … …
トウヤくんが言ったとおり、ふれあい広場は確かに日頃は連れ歩くには少々大きいカビゴンやゴルーグがトレーナーと戯れていた。その中央に。
「はじめまして。レシラム」
真っ白な巨体はまるで石像のように静かに芝生の上に座していた。宝石のような澄んだ水色がスウっと眼下の自分に向けられて、わたしの背筋は自然と伸びた。
それは確かに神話の生物だった。あの時、空のボールをトウヤくんが開いたことで、上空に現れたレシラムは、今や広場中の注目の的になっていた。
「レシラムは今までずっと自由だったから、たとえモンスターボールに入ってもらうとしても、閉じ込めたくなかったんだ。だから、ぼくがボールを開いたら来てくれるようにお願いしたんだ」
そう言ってトウヤくんはレシラムの羽根の爪先に触れた。それ応えるようにレシラムの目が細められれば、近くを通りかかった年配のご婦人が静かにその姿に手を合わせた。その光景を眺めながらわたしは感嘆する。
「すごい……。やっぱり素敵なポケモンだね、レシラム」
伝説ポケモンで戦うことのできないバトルサブウェイでずっと生きてきたわたしにとって、はじめての、それも生まれ育ったイッシュ地方の伝説ポケモンの片割れであるレシラムは、とても眩く映った。
「うん。……本当はね、レシラムももっとポケモン勝負がしたいんだ」
ぽつりと打ち明けるようにトウヤくんが呟いた。
「そうなの?」
「うん。だけど、レシラムが出るとどうしても一方的になっちゃうんだ。だからポケモンリーグが今のところ唯一のバトルフィールド」
それを聞いたわたしの心に稲光のような衝動が閃いた。けれどわたしはあくまで業務中、誘うことはできない。でも、彼は誰かの闘志にとても聡いことをわたしはもう知っている。トウヤくんとわたしの視線が交差する。その目は驚きと期待に満ちていた。
「ねえ、#なまえ#さん」
「なに、トウヤくん」
「ぼくとレシラムと、ポケモン勝負しない?」
トレーナーの気迫を察したのかレシラムがくるるると小さく上げた声は、まるで待ち望んだバトル相手に巡り合った歓喜のようでもあった。
「もちろん!」
ちらりと腕時計を確認する。バトルに充てられる時間は、30分。それなら。
「3回勝負で2本先取した方が勝ち、でどうかな」
「うん。勝負はフラットルールのトリプルバトルにしよう」
そう言って笑うトウヤくんの視線がわたしの脳を痺れさせた。トリプルトレインのサブウェイマスターである自分に花を持たせてくれていることを理解して、わたしの口元にも笑みがのぼる。それは期待と抑えきれない高揚感だった。
「わかった。だけど伝説ポケモンがいるからって簡単に勝てると思わないでね……!」
「もちろん!──さあ、勝負だ!」
トウヤくんの掛け声で赤と白のボールが宙を舞った。
1戦目は、わたしの勝利だった。
まだトリプルバトルに慣れていないレシラムを、一手ずつ着実に追い詰め、トウヤくんとレシラムの連携を打ち崩すことができた。トウヤくんもギリギリまで手を尽くしたけれど、焦ったレシラムを御しきれずにそのまま押し切られてしまった。
2戦目は、トウヤくんが底力を見せた。先の負けを気負うことなく、ポケモンたちに声をかけて奮い立たせ、やりたいことをさせているように見えて、わたしの敷いた罠を逆手にとって確実に仕掛けていくスタイルはとても柔軟で、レシラムも先ほどの負けが効いたのか、持ち前の冷静さを取り戻し、トウヤくんの指示に的確に反応した。そうして真価を発揮した彼らのコンビネーションは凄まじく、防ぎ切ることができなかった。
そして迎えた3戦目──。
本領を目覚めさせたレシラムとトウヤくんとの勝負はクライマックスを迎えようとしていた。
序盤から苛烈な攻防が続いた。わたしのエルフーンが吹かせた追い風、それを読んでいたトウヤくんがトリックルームで場を逆転させて猛攻にでる。それを察したわたしは、あえてエルフーンに一度攻撃を受けさせた。さらなるトウヤくんの猛追により、エルフーンは戦闘不能、サブウェイマスター#なまえ#の一番厄介とも評される相棒が退場することになった。しかしエルフーンが倒れる寸前に時空を歪め直してくれたことで、サポートを行っていたトウヤくんのポケモンたちは、わたしのポケモンたちのすばやさに追いつけず倒された。
そこから戦況は目まぐるしく変わった。すばやいわたしの猛撃に、トウヤくんの布陣は瓦解するかと思われた。けれどレシラムが強引にその場をひっくり返した。さすがの火力で相手を薙ぎ払ったレシラムの前に対峙したのは、同じドラゴンタイプのオノノクス。両者の戦いは熾烈を極め、その余波で彼らをサポートしていた他のポケモンたちも脱落せざるをえなかった。無論、二頭の龍も無傷じゃない。互いに喰い合うような戦いの末、ついにその場には2体のみが残された。
「レシラム、げきりん!」
「オノノクス、ドラゴンクロー!」
互いの声が交差する。レシラムとオノノクスが正面からぶつかり合い、激しい風が吹き荒れる。誰もが一瞬目を瞑り、そして、土煙の収まったそこに立っていたのは──。