#なまえ#とトウヤさまが地上でポケモン勝負を行われた翌日から、ここバトルサブウェイではとあるイベントが催されました。
それは、大型スクリーンをギアステーションの中央柱にぐるりと一周取り付けるというもの。そこでバトルサブウェイ内でのポケモン勝負の記録を、ハイライトやビギナーの挑戦など、いくつかの種類に分けて1ヶ月間放送するという試みでございます。
この企画は大盛況を博し、瞬く間に挑戦者は通常の3倍近くに上りました。
中でも人気だったのはやはり我々サブウェイマスターとのバトルでしたが、イッシュの英雄であるトウヤさまとトリプルトレインのボスである#なまえ#の勝負は、先日の屋外バトルの反響もあいまってかなりの人気を博しました。
当人たちは放映に対して気負いこそ見えなかったものの、特にトウヤさまは、ご自身のされたバトルについて他の利用客の方に声をかけられることも多く、挑戦者という立場上、トリプルトレインへの乗車を願われる場面も多く拝見いたしました。
その声にトウヤさまが応えた結果、スクリーンを観る人々の目の多くは、毎度違う戦法を見せるトウヤさまとそれを受けて冷静かつ着実に手を進める#なまえ#、そのふたりの激しいバトルに集中し、ご自身もトリプルトレインに挑戦したいというお客さまが爆発的に増加いたしました。
必然、トリプルトレインを担当している#なまえ#の業務は多忙を極め、業務中はほぼバトル、休憩中や終業後も手をつけられなかった書類仕事に追われ、後はただ眠るだけといった具合でございました。ですが、#なまえ#自身は疲れこそ滲ませるものの、トリプルトレインができて初めてとも言えるほどの挑戦者数にとても喜び、毎日違う相手と戦えることにわくわくし通しの様子でした。
他のトレインの繁忙も目を見張るもので、わたくしどもが3人で顔を合わせることは休憩時間でさえ珍しくなっておりました。わたくしとクダリはといえば、黒と白のサブウェイマスターが揃って戦う姿が非常に画面に映るらしく、また、挑戦者が増えてタッグが組みやすくなったことからマルチトレインに乗車する頻度が格段に増えました。
そしてイベントが始まって2週間、スーパーマルチトレインに揺られる長躯がふたつ。わたくしどもの耳にはすでに数両前のバトルで挑戦者の方が敗退されたことが告げられておりました。後は折り返すのみとなったトレインの中で、わたくしとクダリは座席に腰掛けもせずに突っ立ったまま後ろに手を組んでいました。
何も話さずとも、お互いのささくれ立った心は手に取るようにわかりました。疲労が苛立ちに拍車をかけそうになるのを、じりっと車内を踏み締める脚が辛うじて引き留めているような感覚。先に口を開いたのはクダリでした。
「……ノボリ」
「なんでしょう、クダリ」
どちらも正面を向いたまま、予定調和のように乾いた言葉だけが交わります。
「#なまえ#は?」
「……スーパートリプルトレインですね」
何を確認せずとも、答えは明白でした。
わたくしたちがスーパーマルチトレインのホームへと向かう際、スーパートリプルトレイン方面へ向かっていった影。その青い服は見間違うはずもありません。
「トウヤ、だね」
「はい」
部屋の空気が一層沈み、そのあまりの重苦しさに、我々のモンスターボールがカタカタと揺れました。それを宥めるようにそれぞれが腰へ手をやりつつ、この鬱屈として垂れ込めた空気の中で息を吐きました。
「最近#なまえ#の顔、全然見てない」
「トリプルトレインに乗り詰めですので」
「だけど、#なまえ#、楽しそう」
「……ええ」
バトルの好きな子ですから、とわたくしは返しながら自分とクダリの視線が下がっていくのを感じていました。いつも自分たちの背中を追ってきていた灰色の目が数日見えないことがここまで心を乱すものだとは。イベントが始まる前の#なまえ#との会話を思い出そうとして、あの子が嬉々として話していたのがトウヤさまとのバトルであったことに、さらに気が沈みました。
遣る瀬無い想いは、ここ数日間の疲労の力を借りて、だんだんとわたくしたちの心に澱んでまいります。
「ぼくたちの方が、もっとずっと楽しくてすごいバトル、できる」
クダリの押し殺したような呟きに、わたくしは制帽を深く被り直して応えました。その言葉以上に今のわたくしたちの心を表すものはないように思われたためです。
「……イッシュの英雄、ですか」
思い描くはあの日。#なまえ#が嬉々としてそのバトルを語っていたあの日。#なまえ#が自分たち以外に目を向けた日。
「どうしよう、ノボリ。ぼく、ちっとも面白くない」
「わたくしもです。クダリ」
そう言葉にすれば、そんな我々を置いてバトルを楽しんでいるでしょう#なまえ#のことがまた浮き彫りになって、わたくしどもの間に一層の沈黙が降りました。
それから、トレインがライモンシティに着くまでの間、その車両内で言葉が発されることは一度もございませんでした。
… … …
「……まあ」
珍しいこともあるものね……。ポケモンリーグの控室に現れたカレを見て、アタクシは内心すこし驚いた。
「今日はあの子が来たのに……喧嘩でもしたの?」
「いいや」
投げやりにそう言ってギーマはいつものソファへと向かって、背もたれに身を預けるようにして足を組む。トウヤの挑戦を喜ぶどころか、そこには僅かな焦燥すら滲んでいて、アタクシはあくびを噛み殺しながら声をかけた。
「重症みたいね……」
「……。そうかもしれないな」
アタクシのちくりと刺すような言葉に少し気が紛れたのでしょう、カレはいつもの表情で肩をすくめた。
「バトルの後……話はしなかったのね」
「ここはポケモンリーグだからな」
場は弁えているさ、とギーマが手を組む。その言葉の意味なんて、オーラを視るまでもなく読めて、アタクシは目を細めた。
「そうね、違うものね。──バトルサブウェイとは」
一瞬、ピリと空気が張り詰めて、またもとの静けさに戻る。アタクシはなんてことはなかったけれど、アタクシのモンスターボールが数個、震えていた。もう……ほんとうに仕様がないわ。
「ダメよギーマ……そう簡単に威圧なんてしたら。勝負師の名が泣くわ……」
「ああ」
すまない、とギーマはソファから立ち上がりながら何食わぬ顔でそう言って、紅茶を淹れに向かう。カレのモンスターボールは身じろぎこそなかったけれど、中のポケモンたちはカレの気配にすっかり殺気立っているのが視てとれて、アタクシは静かに息を吐いた。
「アナタ、もっと器用な人だと思っていたわ……」
「わたしもさ」
アタクシにカップを差し出しながら、ギーマは眉を下げて笑う。
あの子がバトルサブウェイで周りの期待に応えて、ここ2週間、連日スーパートリプルトレインに乗車していることは、アタクシの耳にも届いていた。ギーマとの時間だって少なくなったか、ほとんどなくなっているでしょう。ポケモンリーグに来れば会えるけれど、それは二人で過ごすというには程遠い四天王と挑戦者の関係。だけど、会えないことだけが苛立ちの原因でもない。カレも気づいているでしょうけど。
「……#なまえ#さん、ね?きっとカノジョ、そうじゃないわ……」
「わかっているさ。だが、可能性というのはなくならない」
いつでもな、とカップに隠れた口から吐き出すように告げた言葉を、暖かい紅茶とともにギーマが飲み下す。その様子を眺めながら、アタクシもそっと紅茶に口をつける。
窓の外では遠雷と、降り出した雨の音が響いていた。