「よし、バトルサブウェイにいこう」
朝ごはんの目玉焼きとパンを食べおわって、うーんと伸びをしてからそう言うと、近くでおなじようにフーズを食べたりくつろいでいたポケモンたちが一斉にぼくを見た。トウヤ、今バトルサブウェイって言ったよねという眼差しは、どれも期待にきらきらしてる。
「今日はどのトレインに乗ろっか」
シングル、ダブル…と名前を上げていけば、トリプルの名で歓声が上がる。6体もポケモンを連れて行けるトリプルトレインは、バトルの好きなぼくのポケモンたちにはとても人気が高かった。
「よし、じゃあ一緒に編成を考えていこう」
もちろんぼくにとってもまだ知らない部分の多いトリプルバトルは刺激的で、実際トリプルトレインができた時は真っ先に挑戦しに行ったくらいだ。
我先にと集まったみんなと一緒に戦略を考えながら、ワクワクする気持ちに胸が膨らむ。
「今日は本気のあの人に勝てるかな」
… … …
「今日のバトルもすごく楽しかったよ」
「悔しいなあ。あとちょっとだったんだけど」
あそこで迷ったのがいけなかったな、とバトルの終わった列車内で横長の座席に座ったぼくが、ダイケンキのモンスターボールを見つめながら唸ると、「うん、本当にあとちょっとだったね。だから次はどうなるかわからない」と、隣に座っていた灰色のサブウェイマスター#なまえ#さんが、特に慰めるわけでもなく、もう次のバトルを見据えて笑った。
「トウヤくんはすごい。コツもすぐに掴んでくるし、とっても自由!いつだって、目の離せないバトルになる」
#なまえ#さんの言葉は真っ直ぐで、ぼくの胸の中でぐるぐるしていた悔しい気持ちをふっと吹き飛ばしてくれた。少しつばの下がった帽子を被り直してぼくは#なまえ#さんに顔を合わせる。
「ありがとう。次は、勝ってみせるよ」
「楽しみにしてるね」
いつでも挑戦は受けてみせるという自信に溢れた#なまえ#さんの眼差しに、いつだって飄々とした笑顔を浮かべながら危機一髪の勝負を楽しむあの人の姿が重なって、少し胸が熱くなった。
「そういえば、サブウェイマスターっていつも地下にいるの?」
「ううん。そういうわけじゃないけど──」
#なまえ#さんが言葉を続けようとしたところでトレインが駅に着く音がして、まもなくドアが開いた。「それじゃ、また次のバトルで」と、#なまえ#さんが降車を促すのに従ってトレインを後にして、係員さんからBPを受け取る。振り返ると奥で#なまえ#さんが業務交代をしているところが目に入った。
「やっぱりかっこいいなあ」
きっちりと制服を着こなして機敏に仕事をしているその姿は、彼女のお兄さんである黒と白のサブウェイマスターと同じく、この地下施設においてとても際立った存在で、バトルの時とはまた違った雰囲気を纏っている。彼らが自分の仕事に責任と誇りを持っているのが、いつだってピシッと伸びた背筋から伝わってくるのがぼくは好きだった。
「かっこいいってだれが?もしかして#なまえ#さん?」
「わっ」
いきなり後ろから声がして驚いて振り向く。すると見慣れた笑顔がそこにあった。
「トウコ。びっくりしたあ」
「えへへ」
大成功、と快活に笑ったトウコは、先程ぼくが見ていたのと同じように灰色の制服を目で追いかけた。けれどその姿はすでにホームにはなく、代わりにライモンシティ行きの電車の出発アナウンスがホームに響いて、ぼくらは慌てて列車に乗り込んだ。
「そっか、トウコはスーパーシングルトレインに乗ってたのか」
「うん。えいようドリンクの在庫がねー。だけどトウヤがスーパートリプルトレインにいるって鉄道員さんに聞いて先回りしちゃった」
「先回りって……空を飛んできたってこと?わざわざ?」
「そのとーり。BP稼ぎもいいけど、トウヤと話す方が大事だし。そういえば、トウヤもBP集めてるんでしょ?トリプルバトルって結構時間かからない?」
「それはそうなんだけど……。面白いんだ」
「ふうん」
「シングルやダブルでのバトルも楽しいんだけど、トリプルバトルってまだよくわかってなくて。それを戦いこなす#なまえ#さんとバトルするのって、なんだか冒険にでたときみたいで、ワクワクするんだ」
「なるほどねー。うん、トウヤのそういうとこいいと思うな。純粋にバトルが好きって感じがするもん」
「?それはトウコもだろ?」
「あたしは、そうだなあ。もっともっと強くなりたい!って感じ。だからバチバチした本気のバトルができて、強くなれる道具まで手に入るバトルサブウェイはまさに理想の場所だよ」
「あはは、トウコらしいね」
あと孵化もできるし、とトウコと声が重なって思わず二人でこっそり笑い合う。ぼくらが本格的に厳選をしはじめてからしばらくは、人のまばらな時間帯にたまご5個をリュックに背負い込んだぼくたちがギアステーションをひたすら歩くことが定期的にあって、そのうちそれを見た鉄道員の人たちが「嵐の前」だって景品の補充やトレインの運行をチェックしたりするようになったっけ。ジャッジさんが喉を痛めて、筆記でジャッジをしてくれたこともあった。
「あの時はクラウドさんから『ジャッジさん過労防止令』がでたんだっけ」
「そう!『見てもらえる子は一日20体までや!』って」
今になれば申し訳なさもあるけれど、それでも笑い話になっているそれらを振り返っていると、ライモンシティまではあっという間だった。
ホームに降り立ったトウコはぐっとひとつ伸びをして、ぼくを振り返った。
「そうだ。最近どうなの?トウヤ」
「なにが?」
「もー鈍いんだから。ギーマさんとのことよ」
耳打ちするように言われたその名前に一気に顔に血が上る。そう。イッシュの四天王の一人であり、あくタイプの使い手としてトップランクのトレーナー、そして何より自身の全てを賭けて勝負師として生きているギーマさん。そのギーマさんが、ぼくからの告白にOKを返してくれたのが3ヶ月前。いまだに言葉にするのはむず痒くてふわふわした感覚になるけど、あの日からぼくとギーマさんは恋人としてお付き合いをしている。
「最近は、カフェで話したりとか、バトルしたりとかしたよ」
「それ、まさかポケモンリーグでのやつじゃないでしょうね」
「う……。そ、そうだけど……」
「はあ」
呆れたと言わんばかりにトウコがため息を吐く。だけど仕方ない。だってギーマさんを含めた四天王はみんなとても忙しい。挑戦者とあればいつでもその勝負を受けにポケモンリーグに向かわなくてはならないギーマさんが、それでもたまの休みを縫って会ってくれるだけでもぼくにとっては十分嬉しいことだから。それになにより、ギーマさんはすごく独立心の強い人だ。四天王と挑戦者という形で出会って、それからバトルを重ねて、初めて街で会って、話をして、そうして少しずつギーマさんが自分の時間をぼくに割いてくれるようになった。それは、他の人との間に一線を引いているように見えるギーマさんから、少しその線を踏むことを許されたようで、ギーマさんの心の中にぼくの居場所を作ってもらえた気がして、それだけで本当に頬が緩んでしまうくらい心が浮き足立つんだ。
「もう!そんな顔されたら何も言えないじゃない」
「え」
「『ギーマさんのことを考えるだけでしあわせです』って顔にかいてるわよ」
「う……」
「まあいいわ。でも何かあったら相談にのるからね」
「うん。いつもありがとう、トウコ」
「ふふん!」
とうぜん!とVサインをしてみせるトウコの笑顔は、いつだってぼくに元気をくれる。トウコは走り出したら止まらないところもあるけど、どんな時もぼくや周りのみんなのことを思ってくれてる。トウコの相棒であるエンブオーの炎みたいに、闘う時は本気で燃えて、いつもはぼくらをぎゅっと温めてくれるのがわかるから、トウコの言葉は安心する。
トウコが突き出したVサインをグーの形に変えるのを見て、ぼくも同じく軽い握り拳を作って、こつんとトウコの拳に当てた。これがぼくらのさよならの合図。
「じゃあまたね!トリプルバトル楽しんで!」
「トウコも!またポケモン勝負しよう!」
手を振りながら元気良く駆け出そうとしたトウコが、バトルサブウェイでは走ってはいけないことを思い出したんだろう。急ストップしてから早足でスーパーシングルトレインのホームに向かうのを、ちょっと笑いながら眺めて、ぼくも歩き出す。やってみたいバトルはまだたくさんある。それに、手に入れたどうぐや戦法で、もっと強くなったポケモンたちと一緒に会いに行きたい人が、ぼくにはいるから。