キャンディー

「やだー!!!チューシャやだ!!!」
「やだやだ言わないの!」
ホームでぐずる女の子と、その手を引く母親。新学年が始まったなと感じる光景は微笑ましいものだ。
さりとて親の心労は計り知れない。ついに、ホームで座り込んでしまった女の子に、少し疲れた表情の女性。珍しくはないが、当人たちにとって決して軽くはない出来事だ。
#なまえ#がどうしようかと思案したその時。
「あ」
ちいさくて黄色いふわふわが女の子の前に跳ねてきた。
「ばちゅるだ!」
「あら……」
とてとてと歩きながら女の子のそばにやってきたバチュルは、ちいさな飴の包みを加えていた。
「ばちゅ!」
「おかーさん!ばちゅる、これくれるって!」
「え。だ、だけど……」
誰のものかもわからないキャンディーに対して当然ながら警戒する母親。そこへ、ぬっと影が差す。
「もらって」
「あ!しろいおにーちゃん!」
「車掌さん……!」
白のコートに身を包んだ笑顔が、腰を折りながら少女とその母へ向けられる。
「うん。これ、ぼくのバチュル。だから、このキャンディー、きみにあげる」
「ばちゅ!」
元気よく跳ねるバチュルが、女の子の手に飛び乗って、飴の包みをその手に乗せると、少女の目がわっと輝いた。
「いちごあじだ!ありがとう!」
「うん、注射がんばって。お母さんと一緒に出発進行できる?」
「うん!しゅっぱつしんこー!」
すっかり機嫌のよくなった少女は、何度もお礼を言う母親に連れられて、ホームへとやってきた電車に乗り、手を振りながら去って行った。
「おつかれさま、クダリ兄さん」
「おつかれ、#なまえ#」
クダリの隣へと並びながら#なまえ#は素直に感心して、過ぎ去った電車の方を見つめる。
「すごいね。あの子、笑顔になってた」
「おぼえてない?」
「なにが?」
じっと目線だけでこちらを見る兄に、はてと#なまえ#は首を傾げる。
「あの子、昔の#なまえ#みたいだった。どうしてもいやな時は、地面に座り込んで、まったく動かない」
「なっ」
そんなことないよ!と言いつつ、#なまえ#は、確かに双子の兄たちが自分に飴玉をくれたことがあったような、と記憶を掘り起こそうとして、思い出さないほうがいいような気がして蓋をした。
「ノボリもおぼえてる」
「も……もう!わたし、業務に戻るからね!」
若干強引に話を切り上げてすたすたと去って行く#なまえ#を、ニコニコとクダリは見送る。
#なまえ#が疲れていそうな時は、今でもたまに飴を差し入れたり、逆に彼女からもらったりもしているのだが、きっと#なまえ#がそれに気づくのはもう少しあとになるだろうことを思って、白い兄は上機嫌に地下鉄のホームを歩いて行った。